
「ChatGPTで商品を買う」——この一見シンプルな体験の裏には、ECの未来を根本から変える可能性を秘めた技術標準が存在します。それが**ACP(Agentic Commerce Protocol)**です。
2025年9月、OpenAIはStripeとの共同開発により、ChatGPT上で直接商品購入ができる「Instant Checkout」機能をリリースしました1。この機能を支えているのが、AIエージェントと企業間の安全な商取引を可能にするオープンスタンダード、ACPです。本記事では、ACPの技術的な仕組みからビジネスへの影響まで、段階的かつ視覚的に理解できるよう解説していきます。
ACPとは何か
背景と誕生
Agentic Commerce Protocol(ACP) は、OpenAIとStripeが共同開発したオープンスタンダードです2。2025年9月29日〜10月1日にかけて、ChatGPTの「Instant Checkout」機能の基盤技術として発表されました3。
ACPはApache 2.0ライセンスの下でオープンソース化されており、任意のAIプラットフォームや決済プロバイダーが採用できる設計になっています4。公式仕様はagenticcommerce.devで公開されており、OpenAPI仕様やJSONスキーマも提供されています。
基本コンセプト
従来のオンラインショッピングは「ブラウジング主導」でした。ユーザーは自らWebサイトを訪問し、商品を検索し、カートに入れ、チェックアウトページで情報を入力して購入を完了させます。
ACPが実現する「エージェント主導」のショッピングでは、この体験が根本的に変わります5:
- AIエージェントが購入意思を解釈:「誕生日プレゼントを探して」という曖昧なリクエストにも対応
- 商品検索・比較・選択を代行:複数の選択肢から最適なものを提案
- チェックアウトまでをシームレスに:従来のWebサイト遷移が不要
つまり、ユーザーはブラウザでタブを開いたり、検索エンジンを使ったりする必要がなくなり、会話の中で購入まで完結できるのです。
技術アーキテクチャ
ACPの技術的な基盤を理解するために、まず全体構造を把握しましょう。

三者構造モデル
ACPは、3つの主要なアクター間のやり取りを標準化しています6:
| 役割 | 責務 |
|---|---|
| Buyer(購入者) | 購入意思を表明し、最終的な支払いを承認する |
| AI Agent(AIエージェント) | チェックアウトUIを表示し、支払い認証情報を収集し、取引を仲介する |
| Merchant(販売者) | 商品カタログを管理し、価格設定・注文処理・顧客関係を維持する。Merchant of Record(販売責任者)は変わらないのが重要なポイント |
この設計の特徴は、AIエージェントが「仲介者」に徹し、販売責任は引き続きマーチャントにあるという点です。これにより、既存のECインフラを大きく変更することなく、AIコマースに対応できます。
チェックアウトライフサイクル
ACPは標準的なREST APIを定義しており、チェックアウトプロセスは4つの主要なオペレーションで構成されています7:
1. Create Session(セッション作成)
- 顧客が購入意思を表明
- エージェントが
POST /checkout_sessionsでセッションを開始 - カート内容、購入者コンテキストを送信
2. Update Session(セッション更新)
- 数量変更、配送方法選択、顧客情報更新
POST /checkout_sessions/{id}でカート状態を更新- マーチャントが再計算結果を返却
3. Complete Session(セッション完了)
- SharedPaymentToken(SPT) を使用した決済処理
POST /checkout_sessions/{id}/completeで決済実行- 注文確定・確認情報の返却
4. Cancel Session(セッションキャンセル)
POST /checkout_sessions/{id}/cancelでキャンセル通知- 在庫解放、ステータス更新
このライフサイクルはMCP(Model Context Protocol)とも互換性があり、様々なAIプラットフォームからの呼び出しに対応できます8。
セキュリティ設計
AIエージェントが決済を仲介する上で最も重要なのがセキュリティです。ACPでは、Shared Payment Token(SPT) という仕組みで機密情報を保護しています。

Shared Payment Token(SPT)とは
SPTは、クレジットカード番号などの機密情報を一切露出せずに決済を行うためのトークン化技術です9。
SPTの特徴:
- トークン化:生のカード情報はStripeのPCI DSS準拠Vaultに保存され、SPTというトークンに置き換えられる
- 単一取引限定:SPTは特定のマーチャント・特定の金額にロックされ、他の取引には使用不可
- 時間制限:短い有効期限(分単位)が設定され、有効期限切れ後は無効化
- AIエージェントは生カード情報を見ない:決済認証情報は決済プロバイダーから直接SPTとして発行
決済フロー:
- 購入者がAIエージェント経由で支払い承認
- 決済プロバイダー(Stripe)がSPTを発行
- AIエージェントがSPTをマーチャントに渡す
- マーチャントがSPTで決済処理(生カード情報は不要)
- 決済完了、注文確定
このアーキテクチャにより、AIエージェントもマーチャントも生の決済情報に触れることなく、安全に取引を完了できます。
追加のセキュリティ機能
SPTに加えて、ACPには以下のセキュリティ機能が組み込まれています10:
- HTTPS必須 + Authorization Bearer Token:すべての通信が暗号化
- Webhook HMAC署名:注文ライフサイクルイベントの改ざん防止
- 機械学習による不正検知:異常なエージェント行動を検出
- Know Your Agent(KYA)プロトコル:正規のAIエージェントを認証
ビジネスへの影響
ACPの導入は、ECビジネスにとって大きな機会と課題の両方をもたらします。

マーチャントのメリット
1. 新たな販売チャネルの獲得
ChatGPTは2025年7月時点で週間アクティブユーザー8億人以上を抱えています11。ACPを通じて、この巨大なユーザーベースに直接リーチできるようになります。
2. 摩擦のないコンバージョン
調査によると、AI支援によるショッピングでは購入完了までの時間が47%短縮されるというデータがあります12。AIチャット機能を利用したユーザーのコンバージョン率は**12.3%**と、非利用者の3.1%と比較して4倍の差があります。
3. 顧客関係の維持
重要なのは、ACPを通じた販売でもマーチャントがMerchant of Record(販売責任者) であり続けることです。顧客データ、注文処理、アフターサービスの管理は引き続きマーチャント側で行われます。
4. 既存インフラとの連携
Shopifyマーチャントの場合、注文は既存のShopify管理画面にそのまま流れ、特別なシステム改修なしにAIコマースに対応できます13。
課題とリスク
一方で、ACPの普及に伴う課題も無視できません:
1. 「見えないサプライヤー」リスク
AIエージェントに最適化されなければ、AIによる商品発見・推奨から除外され、「見えないサプライヤー」になるリスクがあります14。従来のSEOだけでなく、AIO(Agent Interface Optimization) への対応が必要です。
2. AIハルシネーションへの対応
AIが誤った商品情報を推奨するリスクがあり、人間による監視・確認プロセスが依然として重要です。
3. 技術的ハードル
構造化された商品データ(詳細な仕様、属性、在庫情報)をAPI経由で提供できる体制が必要であり、中小企業にとってはハードルとなる可能性があります。
導入に向けた準備
ACPおよびChatGPT Instant Checkoutへの参加を検討している場合:
- chatgpt.com/merchants から申請
- 構造化商品データの整備(JSON-LD、製品フィード等)
- 在庫情報のリアルタイム連携体制の構築
現在の実装状況と今後の展望
Instant Checkoutの現状
ChatGPTの「Instant Checkout」機能は、2025年9月の発表以降、段階的に拡大しています15。
現在の対応状況(2026年1月時点):
| 項目 | 状況 |
|---|---|
| 対象ユーザー | 米国のChatGPT Plus/Pro/Freeユーザー |
| 初期対応 | Etsy(米国出品者の単一アイテム購入) |
| 拡大中 | Shopify(100万以上のマーチャント) |
| 提携ブランド | Glossier, SKIMS, Spanx, Vuori |
| 追加連携 | Salesforce Agentforce, PayPal, Walmart |
Shopify経由での対応により、多くのD2Cブランドが自動的にChatGPTからの購入に対応できるようになります。
今後の展望
ACPおよびAIコマース市場は急速に拡大しています16:
短期的な予定:
- マルチカート対応:現在は単一アイテムのみだが、複数商品の同時購入に対応予定
- 地域拡大:米国以外の市場への展開
- PSP(決済プロバイダー)拡大:Stripe以外の対応
市場予測:
- グローバルAI小売市場:2028年に312億ドル(2023年の73億ドルから成長)
- AI経由のECトラフィック:前年比4,700%増(2024年7月〜2025年2月)
- エージェンティックコマース市場(2030年):米国B2Cで最大1兆ドル、グローバルで3〜5兆ドル
McKinsey、Bainなどの大手コンサルティングファームも「エージェンティック・ショッピング」を次のEC革命として注目しています。
まとめ
ACP(Agentic Commerce Protocol)は、OpenAIとStripeが共同で開発したオープンスタンダードであり、AIエージェントが安全に商取引を仲介するための技術基盤です。
技術的には、三者構造(Buyer/Agent/Merchant)とREST APIベースのチェックアウトライフサイクル、そしてShared Payment Token(SPT)によるセキュアな決済が特徴です。
ビジネス的には、8億人以上のChatGPTユーザーへのリーチという巨大な機会がある一方、AIエージェント最適化への対応という新たな課題が生まれています。
「ブラウジング主導」から「エージェント主導」へ——このパラダイムシフトに備え、自社のEC体制を見直すタイミングが来ています。ACPは今まさに始まったばかりですが、2030年には数兆ドル規模の市場に成長すると予測されています。今から理解し、準備を進めることが、将来の競争優位性につながるでしょう。
参考文献
Footnotes
OpenAI - Introducing Instant Checkout in ChatGPT - ChatGPT Instant Checkout機能の公式発表 ↩
Agentic Commerce Protocol - Official Site - ACPの公式仕様サイト ↩
Mashable - ChatGPT Instant Checkout launch - ローンチ日の報道 ↩
Agentic Commerce Protocol FAQ - Apache 2.0ライセンスについて ↩
McKinsey - The Agentic Era of Shopping - パラダイムシフトの分析 ↩
Stripe - Agentic Commerce Protocol - 三者構造モデルの仕様 ↩
Stripe - Agentic Commerce Concepts - REST APIライフサイクル ↩
Agentic Commerce Protocol - MCP Compatibility - MCP互換性について ↩
Stripe - Shared Payment Tokens - SPTの技術仕様 ↩
Stripe Documentation - Security - セキュリティ機能の概要 ↩
OpenAI - Weekly Active Users - ChatGPTユーザー数(2025年7月時点) ↩
HelloRep - AI in E-commerce Statistics - AI支援による購入時間短縮 ↩
Azoma - Shopify Integration - Shopifyとの連携詳細 ↩
Horizon Commerce - Agentic Commerce Risks - 「見えないサプライヤー」リスク ↩
Retail TouchPoints - Instant Checkout Expansion - 提携ブランド・プラットフォーム ↩
SEOSandwitch - AI Shopping Statistics - 市場統計・予測 ↩
