はじめに:「ペット」が技術コミュニティを揺らした2026年GW
2026年5月2日、OpenAIが Codex app に投入した Pet機能 は、Mac開発者の週末を奪った。/pet でMacのデスクトップにアニメ仔獣を召喚し、Codex に $hatch-pet スキルをインストールした上で /hatch を叩けば自分だけのペットを生成できる(/hatch を有効化するには $hatch-pet の事前インストールが必要)。9to5Macは「Lil Finder Guy が気がつけばFinderアイコンの上にいた」と書き、Engadgetは「ClippyのリメイクからSlackマスコットまで、ユーザは早速無限増殖を始めている」と報じた。
熱狂の正体は単なるかわいさではない。Codex Pet はAIエージェントの「いま走っている/待ち受けている/レビュー待ち」という3状態を、アプリを切り替えることなく視界の隅で伝える Dynamic Island 風オーバーレイだ。退役した Claude Code Buddy が ASCII 18種固定だったのに対し、Codex は画像生成スキル経由で自分のペットを無限に作れる——所有感と実用性を両立させたところに刺さるユーザが続出した。
この記事では、Pet機能の中核である hatch-pet スキル を技術解剖し、Apache 2.0 ライセンスで何が許され何がリスクかを整理した上で、他のプロダクトへ流用するための具体策を5つ提示する。ただの紹介記事にせず、明日からあなたのプロダクトに組み込める設計図にまで落とし込みたい。

1. hatch-pet スキルの全体像——責務分離が綺麗な二層構造
hatch-pet は OpenAI 公式の openai/skills リポジトリ配下にあり、Apache License 2.0 で公開されている。ディレクトリ構成は次の通り。
skills/.curated/hatch-pet/├── SKILL.md # フロー記述・Codex Agent向け指示書├── LICENSE.txt # Apache 2.0├── agents/openai.yaml # サブエージェント定義├── references/│ ├── animation-rows.md # 9行アニメーション仕様│ ├── codex-pet-contract.md # pet.json と spritesheet 規約│ └── qa-rubric.md # 受け入れ基準└── scripts/ # 14個のPythonスクリプト + 1個のシェルラッパー(決定論的処理)スキルの設計思想を一言で言えば「生成は委譲し、合成は決定論で固める」だ。視覚生成は $imagegen という別のシステムスキルへ完全に委譲し、hatch-pet 自身はプロンプト生成・マニフェスト管理・フレーム抽出・アトラス合成・QA・パッケージングだけを担う。Pillow ベースの Python スクリプト群が、生成画像を受け取った後の幾何学的処理に責任を持つ。
この線引きは重要だ。SKILL.md には次のような強い禁則が並ぶ。
- 「ローカルのPython/Pillow/SVG/canvas/HTML/CSS でペット視覚を生成・タイル・歪ませ・反転・合成してはならない」
- 「
imagegen-jobs.jsonを手で書き換えて視覚ジョブを完了扱いにしてはならない」 - 「決定論的スクリプトは生成済み画像のみを処理してよい」
LLMエージェントが「画像生成APIが高い/重いから」と勝手にローカル合成へ逃げるのを防ぎ、生成と検証の責務を物理的に切り離している。

2. Spritesheet Atlas 仕様——8列×9行に固定された動作辞書
Codex が読み込むペットアトラスは固定形状だ。references/codex-pet-contract.md と references/animation-rows.md から読み取れる仕様を整理する。
アトラス幾何
- フォーマット: PNG または WebP(透明背景)
- 解像度:
1536 × 1872ピクセル - グリッド: 8列 × 9行
- セル:
192 × 208ピクセル - 未使用セルは完全に透明
9行のアニメーション辞書
| Row | State | Used columns | Frame durations |
|---|---|---|---|
| 0 | idle | 0-5 | 280 / 110 / 110 / 140 / 140 / 320 ms |
| 1 | running-right | 0-7 | 各120 ms、最終220 ms |
| 2 | running-left | 0-7 | 各120 ms、最終220 ms |
| 3 | waving | 0-3 | 各140 ms、最終280 ms |
| 4 | jumping | 0-4 | 各140 ms、最終280 ms |
| 5 | failed | 0-7 | 各140 ms、最終240 ms |
| 6 | waiting | 0-5 | 各150 ms、最終260 ms |
| 7 | running | 0-5 | 各120 ms、最終220 ms |
| 8 | review | 0-5 | 各150 ms、最終280 ms |
Webview側は CSS の background-position を行と列のインデックスから計算するだけでアニメーションが回る。サーバ側もネイティブ側もこのアトラスさえ用意すれば、再生ロジックは数十行で済む——非常にポータブルなコントラクトだ。
配信パッケージ
最終出力は ${CODEX_HOME:-$HOME/.codex}/pets/<pet-name>/ に配置する次の2ファイルだけ。
{ "id": "pet-name", "displayName": "Pet Name", "description": "One short sentence.", "spritesheetPath": "spritesheet.webp"}pet.json と spritesheet.webp がフォルダに揃っていれば、Codex app は自動でロードする。プラグインインストーラも独自フォーマットも要らない、フォルダ規約だけで成立しているのが軽量で美しい。
3. パイプライン——base → row → mirror → finalize の4ステージ

実行フローは決定論スクリプトとサブエージェントの合奏で進む。SKILL.md の Default Workflow を時系列で追う。
Stage 1: 準備(prepare_pet_run.py)
実行フォルダ・プロンプトファイル・imagegen-jobs.json マニフェストを生成する。同時に references/layout-guides/<state>.png という不可視の構成参照画像を9枚作り、各行の生成ジョブにレイアウト専用入力として添付する。これにより画像モデルにフレーム数・間隔・センタリング・余白を「形」で伝える設計だ。生成された行ストリップにガイドの枠線や背景色が混入したら不合格——ガイドはあくまで構成参照であって描画対象ではない。
Stage 2: 生成($imagegen 委譲 + サブエージェント並列)
親エージェントがまず base ジョブを走らせ、record_imagegen_result.py でペットの canonical reference を確定する。以降の row ジョブは原則サブエージェントに並列委譲する規約だ。SKILL.md は次のように明記する。
The parent agent must own the manifest and package writes.(親エージェントはマニフェストとパッケージ書き込みを独占しなければならない)
サブエージェントは row プロンプト・入力画像パス・QA 判断基準を受け取り、選定済みの ig_*.png のパス1つだけを返す。record_imagegen_result.py を呼ぶのも decoded/ にコピーするのも親だけ——マニフェスト競合と来歴チェックの分散を防ぐ典型的なリーダー・フォロワー構成だ。
Stage 3: ミラー派生による1ジョブ節約
running-right を承認した後で、ペットが視覚的に左右対称(向きに依存するロゴ・利き手の小道具・テキストがない)と判断できれば、derive_running_left_from_running_right.py で running-left を反転派生する。これで通常10ジョブのうち1ジョブを削減できる。非対称なら通常通り $imagegen で生成し直す——コストとアイデンティティ保存のトレードオフを明示的に切り替える設計だ。
Stage 4: 検証とパッケージング(finalize_pet_run.py)
compose_atlas.py で個別フレームを 1536 × 1872 のアトラスへ合成し、validate_atlas.py が寸法・透明度・チャネル数を検証する。続けて make_contact_sheet.py がコンタクトシートPNGを、render_animation_videos.py が状態ごとのプレビューmp4を生成。最後に package_custom_pet.py が pet.json と spritesheet.webp を pets ディレクトリに配置する。
ここで興味深いのが SKILL.md の次の文言だ。
Treat visual identity drift as a blocker even when
qa/review.jsonandfinal/validation.jsonhave no errors.
決定論的検証が通っても、コンタクトシートを目視してアイデンティティがブレていたら不合格にしろ、と書かれている。寸法・透明度・フレーム数といった機械検証では捕まらない「同じ生き物に見えるか」を、人間(あるいはレビュー担当エージェント)の責務として明確化している。AI生成パイプラインの最終ゲートとして参考になる。
4. 透明背景を保つための「効果禁則」
Webview側でアトラスを CSS で重ねる以上、各セルは clean な chroma-key 除去ができないと困る。SKILL.md は禁則を異常なほど細かく書いている。
許される効果は「ペットのシルエットに物理的に触れている」「フレームスロットを越えない」「ピクセル調で不透明」「chroma-key 隣接色を使わない」のすべてを満たすものだけ。具体的には涙・煙・星などをペットと重ねる場合に限って許可される。
逆に禁止されるのは——モーションブラー、スピードライン、残像、影(ドロップ・コンタクト・楕円床影)、グロー、オーラ、ハロ、衝撃エフェクト、宙に浮いたスパークル、テキスト、フキダシ、UIパネル、コードスニペット、市松透明、白背景、黒背景。
waving: show the wave through paw pose only.(手を振る動作は前足のポーズだけで表現せよ)jumping: show vertical motion through body position only.(ジャンプは体の高さだけで表現せよ)
凡庸なプロンプト設計だと「振っている感」を出すために波線や輝きを描かせてしまうが、それは透明背景処理を破壊する。hatch-pet はこの落とし穴を網羅的に列挙し、生成プロンプトに必ず含めることで、ピクセルレベルの清潔さを担保している。
5. ライセンスの境界——どこまで持ち出せて、何が残るか
hatch-pet/LICENSE.txt は Apache License 2.0。商用利用OK、改変OK、派生OK、特許防衛条項あり、コピーレフトなし。スキル本体(SKILL.md・Pythonスクリプト・YAML定義・参考ドキュメント)はそのまま再配布・派生可能だ。
ただし注意すべき分離線が3つある。
1. 生成画像の権利は別
$imagegen は OpenAI の画像生成API(gpt-image-2 など)に依存する。生成された画像の利用条件は OpenAI の API 利用規約に従う。スキルのコードは持ち出せても、出力画像の取り扱いはモデル提供元のルールに支配される。
2. Codex 内蔵ペット画像は別ライセンスの可能性
Dewey、Fireball、Rocky、BSOD などの built-in ペット画像は OpenAI が独自に制作・配布するアセットで、Apache 2.0 でリポジトリに含まれているとは限らない。コードは流用、内蔵ペット画像は流用しない、が安全側だ。
3. $imagegen システムスキル本体の扱い
SKILL.md は ${CODEX_HOME}/skills/.system/imagegen/SKILL.md を参照すると書いている。実はこの .system/imagegen も openai/skills リポジトリ 配下に同じ Apache 2.0 ライセンスで含まれており、Codex 同梱で自動インストールされる仕組みだ。コードそのものは流用可能だが、内部で OpenAI 画像生成 API(gpt-image-2 など)を呼び出すラッパーである以上、Codex 外のプロダクトに移植する場合は $imagegen 呼び出し部を別の画像生成プロバイダ(fal.ai / Replicate / Stable Diffusion API / 自前推論)へ差し替える前提で設計するのが現実的だ。
要約すると、hatch-pet の決定論的スクリプト群と Spritesheet コントラクトは丸ごと自分のものにできる。差し替えるべきは画像生成の呼び口だけ。これはリスクの低い派生路線になる。
6. これを使った新プロダクト——5つの具体的な活路
ここからが本題。「Codex Pet すごいね」で終わらせず、hatch-pet の設計を借りて何を作るかを5案出す。いずれも Spritesheet Atlas + 状態マッピングという共通基盤で動く。
A. CI/CD ステータスペット(DevOps SaaS)
GitHub Actions・CircleCI・GitLab CI の実行状態をブラウザのフローティングウィジェットで表示する。queued → idle、running → running-right、success → waving、failed → failed、approval-required → review といった状態マッピングを定義し、開発チームが自社マスコットや言語ロゴから hatch-pet フォークでペットを生成する。dashboard をフルスクリーンで開かなくても、視界の隅で「ビルド待ち」が分かる。Slack 通知の心理的負債を1段下げられる。
B. 長時間バッチ・クエリ実行モニタ(DBA・データエンジニア)
Airflow・dbt・Snowflake の長時間クエリやDAG実行に対し、30秒を超えたら waiting ペットがデスクトップに出現する。完了で waving、失敗で failed、ロック競合で review。DBA文化のマスコット(PostgresのZou、RedisのキューブMC)から派生ペットを大量生成し、社内インフラの「待ち時間」をエンタメ化する。コマンドラインのプログレスバーより遥かに記憶に残る。
C. ライブ配信用 OBS Overlay
ストリーマー本人モチーフのペットを hatch-pet で生成し、OBSのブラウザソースとして埋め込む。録画中 → running、コメント未読 → review、スパチャ受信 → jumping、配信終了直前 → waiting 等、9行のアニメーション辞書を配信状態へマッピングし直す。Spritesheet 仕様は変更不要、状態マッピング層を Twitch/YouTube Live API に繋ぐだけ。
D. SaaS の「待ち時間」UX 改善キット
重いAPI処理・ファイルアップロード・AI推論の待機画面で、製品マスコットのアニメを再生する。スピナーの代わりに親しみやすいペットが「思考中」「もうすぐ完了」を表現する。ローダーをペットに置き換えるだけで、平均待機時間の体感を有意に削減できることはローダーUX研究で何度も実証されている。hatch-pet の Atlas 仕様と CSS 再生コードを SaaS テンプレートとして配るだけで、共通UX資産になる。
E. 教育プラットフォームの学習コンパニオン
DuolingoやMonacaのような教育プラットフォームで、ユーザの進捗をペットの動作にマップする。連続学習中 → running、新トピック解放 → jumping、誤答 → failed、復習タイム → review、目標達成 → waving。子ども向けプラットフォームほど刺さるし、ユーザに自分のペットを hatch させる機能はそのまま課金フックになる(ChatGPT Pro 30日無料の誘引と同じ構造)。
7. MVP 設計図——明日から動かす最小構成
5案のいずれを取るにせよ、初手は同じだ。hatch-pet をフォークし、画像生成の口を差し替え、状態マッピング層だけを自前で書く。
流用するもの
scripts/compose_atlas.py # アトラス合成(PIL)scripts/extract_strip_frames.py # 行ストリップ→個別フレームscripts/validate_atlas.py # 寸法・透明度検証scripts/make_contact_sheet.py # QAコンタクトシートreferences/animation-rows.md # 9行仕様(流用 or 再定義)references/codex-pet-contract.md # pet.json 規約(差し替え可)差し替えるもの
$imagegen 呼び出し部分 → fal.ai / Replicate / 自前推論 APIpet.json スキーマ → 自社プロダクト用に拡張(状態マッピング情報を追加)state mapping 層 → ドメインイベント(CI状態・配信状態・学習進捗)と row index の対応表実装ステップ
hatch-petを Apache 2.0 表記を残してフォークscripts/generate_pet_images.pyを自社の画像生成プロバイダ向けに書き換える(インターフェイスは--run-dir--states allのまま)- MVP 段階では built-in ペット1〜2種類だけを同梱、
/hatch相当のセルフ生成は v2 に回す - Webview 側に
<PetWidget>を実装。CSS のbackground-positionを 192px×208px グリッドで切り替える数十行のコンポーネントで足りる - 状態イベントの WebSocket / Server-Sent Events を購読し、row index を更新するだけで完成
この構成なら、ペット生成パイプラインに踏み込まずに既存の Codex 公式ペット2〜3種類だけで MVP を出して反応を見ることすら可能だ(ただし内蔵画像のライセンスは要確認)。動いてからユーザに自作ペット機能を解放する流れがリスク最小になる。
8. 落とし穴と現実的な制約
設計が綺麗でも、運用に持ち込むとコストとリスクが見えてくる。
- 生成コスト: 1ペット作成で約10回の画像生成ジョブが走る。
gpt-image-2の単価で換算すると数百円〜千円台のオーダー。ユーザが軽率に/hatchを連打する設計は破綻する。レート制限・プレビューモード・モデレーション必須。 - アイデンティティ一貫性: 9行を別ジョブで生成すると微妙にデザインがブレる。決定論的検証では捕まらないため、コンタクトシート目視レビューが最後のゲートになる。これを自動化したいなら、CLIP類似度や DINO embedding を使った独自レビュー層を追加することになる。
- ライセンス境界の二重管理: コードは Apache 2.0、生成画像はモデルプロバイダ規約、内蔵画像は別ライセンスの可能性——3層の権利関係をユーザにも伝える必要がある。
$imagegen依存の罠: SKILL.md は$imagegenのCLIフォールバック挙動まで委ねている。完全互換の差し替え APIを用意するのは初手のコストが高い。最初は Replicate 等のgpt-image-2互換プロキシで MVP を作るのが現実解。
9. 結論——ペットは UX の触覚レイヤー
Codex Pet が示したのは「AIエージェントの状態を感じるUI」という第三のフロンティアだ。プログレスバーは脳に届くが心には届かない、ログ通知はノイズに紛れる、Slack は読み逃す。ペットは視界の隅に常駐し、状態を表情と動作で伝える——ビジュアルとも音声とも違う、触覚に近いインフォメーションチャネル。
そして hatch-pet は、その新しいレイヤーを自分のプロダクトに移植可能な形で公開した数少ない実例だ。Spritesheet コントラクトと決定論パイプラインさえ借りれば、CI/CD・配信・SaaS・教育、どこにでも刺さる「状態の触覚化」コンポーネントを2週間で MVP化できる。
あなたのプロダクトの「待ち時間」と「成功の瞬間」を、ペットに任せてみる価値はあるだろうか。Codex の Pet 機能は、「実用一辺倒のSaaSに感情の余白を入れる」のは2026年のUX文法の一つになるかもしれない、というシグナルを発している。
