
2025年、アンドレイ・カルパシー(Andrej Karpathy)の一言が、ソフトウェア開発の世界を永遠に変えました。「Code at the speed of thought(思考の速度でコードを書く)」ではなく、「Code by Vibe(バイブスでコードを書く)」。
「コードはもはや、人間が読むものではない。AIに『なんとなく』の指示を与え、バイブスが合っていればそれでいい」
この「Vibe Coding」という甘美な概念に、世界中の開発者が酔いしれました12。週末の数時間でSaaSをローンチし、複雑な機能を一瞬で実装する全能感。しかし、2026年を迎えた今、私たちはその熱狂の代償――重篤な「技術的負債」という二日酔い――に直面しています。
本記事では、Cursorの開発トップが鳴らす警鐘、そして2026年に台頭する「責任あるAIコーディング(Responsible AI Coding)」の潮流を、Cursor、Claude Code、そしてGoogle DeepMind発のAntigravityといった主要プレーヤーの動向と共に解説します。
2025年回顧:「全能感」の正体
2024年までのAIコーディングは「Copilot(副操縦士)」でした。しかし2025年、それは「Autopilot(自動操縦)」へと進化しました。
Vibe Codingの爆発
Cursorの「Composer」機能やWindsurfの「Cascade」といった機能が牽引し、エンジニアはエディタのタブを行き来する必要すらなくなりました。「この機能を実装して。デザインはモダンに、いい感じで」と自然言語で指示すれば、AIが複数のファイルを同時に書き換え、デプロイまでやってのける。
この体験は、まさに魔法でした。プログラミングの参入障壁は崩壊し、誰もが「シニアエンジニア」のような速度でコードを量産できるようになりました。
「理解」の欠如
しかし、そこには致命的な落とし穴がありました。コード生成の速度が、人間の理解の速度を遥かに超えてしまったのです。カルパシー自身、Vibe Codingを「使い捨ての週末プロジェクトには悪くない」と評しましたが、多くの開発者はこれをプロダクション環境に持ち込みました3。
その結果、何が起きたか。「動いているけれど、なぜ動いているか誰も分からない」コードの山です。
警鐘:「砂上の楼閣」を作らないために
この流れに「待った」をかけたのは、皮肉にもVibe Codingブームの火付け役であるCursor自身でした。
Cursor CEOからの警告
Cursorの共同創業者兼CEOであるMichael Truell氏は、最近のインタビューで明確に警告を発しました。
“Building on shaky foundations” (不安定な土台の上での建築)
氏は、人間が中身を理解せずにAIに全面的にコードを書かせる「Blind Coding(盲目的なコーディング)」は、システムを脆弱にし、長期的には崩壊を招くと指摘しています45。 AIが生成したコードをレビューせず、テストも書かず、「動いたからヨシ」とする姿勢は、基礎工事をせずに高層ビルを建てるようなものです。
具体的には以下のようなリスクが顕在化しています:
- 技術的負債の指数関数的増加: AIは既存のスパゲッティコードを真似て、さらに複雑なスパゲッティを生成します。
- セキュリティホール: 認証やバリデーションの微妙な欠陥を、人間が見落とします。
- 説明責任の消失: バグが発生した際、「AIが書いたから分からない」というエンジニアが増殖しました。
2026年の主役たち:「生成」から「理解」へ
2026年のAIコーディングツールのトレンドは、明確に「Speed(速度)」から「Control(制御)」へとシフトしています。「どれだけ速く書けるか」ではなく、「どれだけ正しく、堅牢に作れるか」が勝負の分かれ目になっています。
Claude Code:思考する「アーキテクト」
Anthropicが投入した「Claude Code」は、この新しい潮流を象徴しています。 彼らのアプローチは極めて「Terminal-first」であり、GUIの快適さよりも「理解」を優先します。
- Plan Mode: コードを書き始める前に、AIが大規模な変更計画を提示し、人間の承認を求めます。
- Deep Reasoning:
grepやlsを駆使してコードベース全体を読み込み、依存関係を深く理解してから修正を行います6。
これは、脊髄反射でコードを吐き出すVibe Codingに対するアンチテーゼであり、「まずは落ち着いて計画しよう」というシニアエンジニアの振る舞いをエミュレートしています。
Cursor:Vibeを「飼い慣らす」進化
Cursorも黙ってはいません。彼らの2026年のロードマップは、Vibe Codingの楽しさを残しつつ、安全性を取り戻す機能に重点を置いています。
- Review Mode: 生成されたコードの差分(Diff)を、より人間が理解しやすい形で提示する機能。
- Checkpoints: 変更が破壊的だった場合、瞬時に安全な状態まで巻き戻せるバージョン管理の強化7。
Antigravity:Google DeepMindの「構造化」エージェント
そして、私たちが開発する「Antigravity」です。 私たちの哲学は「Workflow-Centric(ワークフロー中心)」です。単にコードを生成するのではなく、明確な「Task Boundary(タスク境界)」と「Artifact(成果物)」を定義し、プロセスそのものを構造化します。
- Thinking First: いきなりコードを書かず、まずは「実装計画書(Implementation Plan)」を作成し、ユーザーの合意形成を義務付けます。
- Verification: コードを書いた後には必ず「検証(Verification)」フェーズを設け、テストと事実確認を強制します。
Antigravityにとって、AIは「魔法の杖」ではなく「規律ある部下」です。バイブスではなく、ロジックとエビデンスに基づいて開発を進める点が、他のツールとの決定的な違いです8。
2026年を生き抜くための「シン・コーディング」戦略
では、私たちユーザーはどうすべきでしょうか? Vibe Codingを捨てて、昔ながらの手打ちに戻るべきでしょうか? いいえ、答えは「ハイブリッド」です。
1. 「生成」と「検証」の分離
AIにコードを書かせる(生成)のは構いません。しかし、そのコードを検証する権限と責任は人間が持つべきです。「書かせる倍の時間を使って読む」覚悟が必要です。
2. アーキテクトとしての人間
AIは優れた「実装者(Implementer)」ですが、まだ未熟な「設計者(Architect)」です。システム全体の依存関係、将来の拡張性、ビジネス上の制約といった「全体図」を描くのは、2026年も人間の仕事です。
3. 文脈に応じたツールの使い分け
- プロトタイプ/UI実装: CursorのVibe Codingで高速に反復する。
- リファクタリング/複雑なバグ修正: Claude CodeやAntigravityで、時間をかけて深く分析させる。
4. 盲信を捨てる
「AIが書いたから正しい」というバイアスを捨てましょう。彼らは平気で嘘をつき、セキュリティホールを作り、古いライブラリを使います。コードレビューにおいて、AIは「信頼できない新人」として扱うのが、最も健全な距離感です。
結論:エンジニアの復権
2025年は「AIに仕事を奪われる」という恐怖がありましたが、2026年は逆に「人間の重要性が再認識される」年になるでしょう。
AIがどれだけコードを書いても、そのコードの「品質」と「結果」に責任を持てるのは人間だけです。Vibeの波に飲み込まれるのではなく、その波を乗りこなし、正しい方向へ舵を切る。それが、2026年の「エリート・ソフトウェア・エンジニア」の姿です。
参考文献
Footnotes
PCMag - What Is ‘Vibe Coding’? How AI Is Changing How Developers Build Software - Andrej KarpathyによるVibe Codingの定義。 ↩
Wikipedia - Vibe coding - Vibe codingの概要と歴史。 ↩
Futurism - Former OpenAI Exec Says He Just Asks AI to Rewrite Code Until Bugs Go Away - Karpathy自身が語る「バグ修正のアバウトさ」。 ↩
Financial Express - Cursor CEO warns against ‘vibe coding’, says it builds ‘shaky foundations’ - Michael Truellによる警鐘。 ↩
WION - Cursor co-founder warns against ‘vibe coding’, says it creates ‘shaky foundations’ - 同上。警鐘の詳細。 ↩
Qodo - Claude Code vs Cursor - Claude Codeの特徴とCursorとの比較。 ↩
Medium - Cursor AI: The Future of Coding in 2025? - 2025/2026年のCursorの進化と機能比較。 ↩
Antigravity Internal Documentation - “The constitution of Elite Software Engineer”. ↩
